『たしなみ』は品と作法ありき。
占いを当たる、当たらないで当たる、当ててくれる事を期待しながら、腕を試すように、氷山の一角ないし、何も言わずにお地蔵さん状態で待っているお客さんが近頃、大変多くみられます。
こう言っては何ですが、腕の試しどころが「あまりに幼稚」であると言わざるを得ないケースが殆どです。
「生きる」
というたった一言を骨身に染みるまでの経験や「考え」さえないミーハーさんが大変多くみられます。例えば、男性の方で占い、運勢学そのものを動機は別にして否定の立場をとられてる方は、それなりの知識と見識でとられてる立場ですから、ここのみについて何の不満も反論もございません。
ただ、占い肯定派の立場でありながら、本人は全く悪気もなく、無知の代償さえ考えも及ばずやればやるだけ先細っていくミーハーさんが不憫で仕方がありません。
「結局、参考にしない」
「参考にする仕方が分からない」
こうゆう人らは、あれこれ占い梯子で、ネットを含め何軒もまわる習性があります。だから、答えもバラバラで、結局参考にしない。それとリアルな話ですが、好き、嫌い、好き、嫌い。好きを多く得る、得たい、本人の帳尻合わせで無数に、多数に占いを受け、または見て、自分よがりの答えにまとめるわけです。よく言うところの「占いは良いことしか信じない」も、やや似た実情です。ここにも、当たる当たらないだけの価値観のみが基準になってる所以であります。また自分自身でさえ、聞きたいことの本質をとらえられてない、または、非常に浅い質問。これでは、どんなに腕が良い占い師でも指針示せず、小学生に道徳を教える先生のような、前提論、概念論に終始するしかないわけです。それで、開口一番で「当たらなかった」「何か説教された」「的が外れた話だった」です。
正に参考の仕方が分からない典型の例です。
ムードたっぷりのBARへ行って、ホスト・ホステスがついてくれなかった。カラオケがなかった。会話をあまりしてくれなかった。
と、平気な顔をして言いふらしているようなものです。
若いうちは仕方ありません。知らないことのは時に罪。無知は罪であることの経験の片鱗重ね、次第に大人になっていくわけですが、最近の大人の無知蒙昧ぶりは、笑い事では済まされないほどです。
何も占い業界に限ったことではありません。
しかし、人格と教養が人並みに出来てる人は、ある種の本物を、本質をとらえられるようになっており、どんな分野でも、それこそ人並み以上の振る舞いや解釈が出来ています。
とどのつまり、本性をさらけ出してしまえば、
「所詮占いだから」
を、言い訳のように内心見下してるのであれば、電子占いや、雑誌の巻末占いや、癒し系占いや、オカルト占いのみに、そのミーハー精神や、無知ぶりをいかんなく、恥じることなく発揮されたし。
「我々のような指南業を志す占い師には、どうやっても噛み合うことはありません。」
一昔前に、諸先輩方に飲み屋のしきたりをきつく教えられたものです。
クラブやラウンジといった飲み屋さんには、どんな職業をしていてもスーツを着用するのが礼儀。また、無粋な言動は控えて。とかです。若い頃は、何でこちらがお金を払うわけなのに、こちらがお店に合わせることをしないといけないの?というか、全く楽しくない!と思っていたのも本心でした。しかし、社交界でも同様に、それなりにレベルが高いところには、必ずそこに品があり、作法があって、そこも全てひっくるめて、『大人のたしなみ』であると。また、それでなければ、楽しさや学びが心に入らないことも知るようになったのは、もう随分時が経ってからでした。
A級には、A級の構えを持つ。
ごくごく当たり前の意識であって、犯し難い原理原則でもあります。
ですから、話は戻り、占いとは本来は大変高尚なものであって、扱う側も相当な覚悟がいる職業なのです。相談内容自体の質やボリュームを問う意味での高尚ではありません。
お客様は運勢を預け、占い師は運勢を観させて頂く。
何気ない一文ですが、よくよく考えてみると、とても『尊い』ことなんです。
運勢を預けて頂くということは、お命を預けて頂くようなものです。それを受けて、私らは、何とお返し致しましょう。生半可なものは出せるはずもない。命には命懸けの迫力がこもった指南になりましょう。
ここの覚悟と姿勢がない人、それだけの腕に自信がない人は、どうぞ看板をおろして下さい。自分もお客様も不幸にします。
申し上げたいことはですね、これだけの迫力が占いには本来あるべきで、実際はあるんです。指南が命を救うのです。指南が開運に繋がるのです。あなたらしく生きるに必要なのは指南しか存在しないのです。
そして、誰もが一人では育ってきたわけでなく、生かされていることをお忘れなく。
自力には絶え間ぬ努力を。
他力には絶え間ぬ感謝を。
我々の指南業は、また特別な位置にいることも確かであります。自力他力で測れぬ存在でもありましょう。感謝をされたいが為に生業をしているわけではありません。お金も頂戴して、それに加えて感謝まで求めるような下劣な職業でもございません。
全ては、お役に立てるか立てないかの真剣勝負。
裏を返せば、『お役に立ちたい』のです。
だからこそ、それなりの気構えとルールや常識を持ってお越しを願いたいと思っております。
何も難しいことは申し上げておりませぬ。
第一報はひとまず・・開口一番のご相談事は、程良い緊張感と真剣味で承ります。ご信用賜れば、当方は真摯に、そして真剣に観、剛柔併せてご指南申し上げます。説教じみた事もございますが、全てはお客様のための化身の姿。どうか、まずはお心をお緩めになって、私にお付き合い頂き、お帰りになられる頃には必ずやお心が締まるように常日頃からの精進を欠かさぬようしてまいります。
堅苦しい文章ですが、これは空気感みたいなものです。まずは指南業とは?占いの本流とは?を感じて頂くところからで幸いです。
普段から私はこの気構えよ。という方には見苦しいブログですみません。最近多くなりましたと言っても、度の問題もございます。あくまでこのブログに登場するタイプは、余程の意味で解釈して下さい。
また、決してミーハーの人を直接批判しているわけではなくて、ミーハーそのもの対する問題提起のような内容ととらえて頂きましたら幸いです。


