運という存在について

成功と幸せは運がいる

よく、「運も実力のうち」「努力の結果、運が付く」など、運の言い回しは多様にございますが、全 て正しいです。今回のコラムは、一旦そこから外れて頂き、高尚な気持ちで、ご一読願えれば幸いです。途中で詰まらないように、まず初めに、当方の考え方をまとめとしてもってきたいと思います。
運はどういう人に、企業に、器に付きやすいか?を、シンプルに「和」と申しております。
知らない方には、解釈が難しいと思いますが、著しておきたいと思います。

■ 和の概念を四段階にして、「運」はよりどの段階に付くのかを考えてみましょう。

1. 小級(小善)

小和と申しましょうか、小さい和は運が有るとか無いとかではなくそれ以前の問題でございます。この段階ではまだまだ、自分勝手さが存在しておる和でございます。

2.中級(中善)

中和は半分半分の運で、運が有ったり無かったりの不安定さがしんどいです。そこそこ、和の必要性、重要性が分かり始めた段階でしょう。

3.大級(大善)

大和はまさに、実用的な運周りでございます。和の概念の中に「自分」を介在させない段階でこの 段階に来て初めて実用的な和になります。

4.上級(上善)

これを当方では潤和(じゅんわ)と謂い、あまねく潤いの上運でございます。この段階まで行くと和の概念
の中に自然感覚が備わっておるので、自然と和の中に更なる運力が付いていく事になります。

経営、経済に特化した運勢の学問、概念、実践では、大和は実用的、潤和はあまねく潤いの上運とし、経営者や人の上に立つ者達の開運を、和を以ってするならば大和(大善)を目指し、その先の潤和に達すればそれはもう潤いある人生としております。つまり、潤和は自分 のみならず、自分とその周りの者にまでその恵みが行き届くのであります。

当方は、八徳(仁義礼智忠信孝悌)をその学びの基礎としておりますが、八徳の最初にして帰する所は和であるとしております。和に始まり和に終わる、を一つの大いなる徳とし日々研鑽しております。